2008年05月18日

★仁和寺★槙原敬之★ダイエット

☆5月18日☆

◆今日は何の日?◆


京都の仁和寺が落成される
(888)


仁和寺
260px-Ninnaji_Kondo[1].jpg

引用開始〜
仁和寺(にんなじ)は、京都府京都市右京区御室(おむろ)にある真言宗御室派総本山の寺院である。山号を大内山と称する。正式名称を旧御室御所跡仁和寺という。本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は宇多天皇である。皇室とゆかりの深い寺で、出家後の宇多法皇が住したことから「御室御所」(おむろごしょ)の別名がついた。御室は桜の名所としても知られ、春の桜と秋の紅葉の時期は多くの参拝者でにぎわう。また、徒然草に登場する「仁和寺にある法師」の話は著名である。“古都京都の文化財”の一部として、世界遺産に登録されている。
今日でも国内や外国人の参拝客・観光客の多く訪れる史跡であり、旧御室御所にて茶の湯を振舞う(有料)茶室も用意されている。

仁和寺は光孝天皇の勅願で仁和2年(886年)に建て始められたが、同天皇は寺の完成を見ずに翌年崩御した。遺志を引き継いだ宇多天皇によって、仁和4年(888年)に落成し、「西山御願寺」と称されたが、やがて年号をとって仁和寺と号した。宇多天皇は出家後、仁和寺伽藍の西南に「御室」(おむろ)と呼ばれる僧坊を建てて住んだため、当寺には「御室(仁和寺)御所」の別称がある。なお、「御室」の旧地には現在、「仁和寺御殿」と称される御所風の建築群が建つ。御所跡地が国の史跡に指定されている。
仁和寺はその後も皇族や貴族の保護を受け、明治時代に至るまで、皇子や皇族が歴代の門跡(住職)を務め、門跡寺院の筆頭として仏教各宗を統括していた。室町時代にはやや衰退し、応仁の乱(1467年-1477年)で伽藍は全焼した。近世になって、寛永年間(1624年-1644年)、徳川幕府により伽藍が整備された。また、寛永年間の皇居建て替えに伴い、旧皇居の紫宸殿、清涼殿、常御殿などが仁和寺に下賜され、境内に移築されている(現在の金堂は旧紫宸殿)。

・金堂(国宝)−慶長18年(1613年)に建立された旧皇居の正殿・紫宸殿を寛永年間(1624年-1644年)に移築・改造したもので、近世の寝殿造遺構として貴重である。宮殿から仏堂への用途変更に伴い、屋根を檜皮葺きから瓦葺きに変えるなどの改造が行われているが、宮殿建築の雰囲気をよく残している。
・御影堂(重文)−旧皇居の清涼殿の用材を用いて建設したもの。宗祖空海を祀る。
・仁和寺御殿−仁王門から中門に至る参道の西側に位置する仁和寺の本坊で、宇多法皇の御所があった辺りに建つ。宸殿は近世初期の皇居・常御殿を移築したものであったが、1887年(明治20年)に焼失。現在の建物は明治時代末〜大正時代初期に亀岡末吉の設計により再建されたものだが、庭園とともにかつての宮殿風の雰囲気をただよわせている。
・遼廓亭(重文)−江戸時代の画家・尾形光琳の屋敷から移築されたもので、葺下し屋根の下に袖壁を付け、その中ににじり口を開いているのが珍しい。
・飛濤亭(重文)−江戸時代末期に光格天皇の好みで建てられた草庵風の茶席で、腰をかがめずに入れるように鴨居の高い貴人口が設けられている。
・その他、五重塔、経蔵、九所明神社本殿、御影堂中門、観音堂、鐘楼、仁王門、中門、本坊表門(以上重文)などがあり、大部分は徳川家光の寄進で寛永年間に整備されたものである

200px-Ninnaji3[1].jpg
〜引用終了

◆今日の誕生日の有名人◆

チョウ=ユンファ【俳優】      1955年5月18日
槙原 敬之【シンガーソングライター】1969年5月17日


◆今日の一品◆

ダイエット!どんっ(衝撃)



<定価:8000円 → 2980円!!
カロリーカットに特化した、ダイエットサポートサプリメントです。




posted by あらもーど at 07:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月17日

★男女雇用機会均等法★デニス=ホッパー★クロス

☆5月17日☆

◆今日は何の日?◆


男女雇用機会均等法が成立
(1985)


男女雇用機会均等法

引用開始〜
雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(こようのぶんやにおけるだんじょのきんとうなきかいおよびたいぐうのかくほとうにかんするほうりつ;昭和47年7月1日法律第113号)は、男女の雇用の均等を目標とする法律。通称は「男女雇用機会均等法」(だんじょこようきかいきんとうほう)。

元は昭和47年(1972年)に「勤労婦人福祉法」として制定・施行されたが、女子差別撤廃条約批准のため、昭和60年(1985年)の改正により「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」となる。
男女の雇用機会の均等については、本法が制定される以前から裁判所による政策形成によって「どのようなケースが男女の雇用機会均等に反するか」といった体系ができあがっており、本法は、施行当時はこの裁判所が作り上げた体系を越える内容は盛り込まれなかった。例えば、裁判所は定年、解雇に対しては積極的に新たな判断基準を示していった一方で、採用などの男女間の差に対しては、特にアプローチをしていなかったが、本法も定年や解雇については男女間の差別を禁止する一方で、採用などで努力規定しか盛り込んでいない。
〜引用終了

◆今日の誕生日の有名人◆

デンス=ホッパー【俳優】1936年5月17日
斎藤 陽子【タレント】 1968年5月17日
1181rsz150[1].jpg
images].jpg


◆今日の一品◆

シンプルイズベスト!むかっ(怒り)




定価:12000円 → 1980円!!
シンプルなデザインで色々なお洋服と合わせていただけます。
男性も女性もお使いいただけます。




posted by あらもーど at 07:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月16日

★ベニスの商人★美輪 明宏★クロス

☆5月16日☆

◆今日は何の日?◆


「ベニスの商人」が大阪の戎座で初上演
(1885)


ベニスの商人
D111644213[1].jpg

引用開始〜
『ヴェニスの商人』(ヴェニスのしょうにん、The Merchant of Venice)はウィリアム・シェイクスピアの喜劇用の戯曲である。1594年から1597年の間に書かれたとされている。『ベニスの商人』とも記される。
中世イタリアのヴェネツィア共和国と架空の都市ベルモントを舞台に繰り広げられる商取引と恋の喜劇で、ユダヤ人の金貸しシャイロックが金を貸す際に吹っかけた証文が現実になったことによって起こる裁判と、ベルモントの女相続人を射止めんとする若者の話を基軸とする。

この話の元になったものとして主に次の2つがある。ひとつは中世イタリアのデカメロン調の物語集『イル・ペコローネ(愚者)』(Il Pecorone)の4日目第1話であり、人肉裁判と指輪の部分の原話である。もうひとつはラテン語による短編集『ゲスタ・ロマノールム』で、箱選びの部分の原話となっている。
執筆当時はただの喜劇として見られていたが、ハイネは「シャイロックの悲劇」と呼び、観劇中後ろで涙を流している女性を見たという逸話が残る。また第二次世界大戦後、劇中の第3幕第1場でシャイロックが「猶人《ヂウ》には目がないか? 猶人《ヂウ》には手がないか? 鼻や耳や口はないか? 四肢五體は?」(坪内逍遥訳)といったのを反ユダヤ主義と関連させる見方も増えている。後述する映画などでは、その様な背景からそれまでただの悪人と見られていたシャイロックに対して、同情的な見解を見せる場面も増えた。
なおタイトルの『ヴェニスの商人』とは有名なユダヤ人の金貸しシャイロックを指すのではなく、商人アントーニオの事である。

登場人物:
アントーニオ: 商人
バサーニオ: 高等遊民
ポーシャ: 女相続人
シャイロック: ユダヤ人金貸
ソラーニオ・ソレーニオ: バサーニオの仲間
ネリッサ: ポーシャの女中
テューバル: シャイロックの友人

物語:
物語はイタリアのベニス(ヴェネツィア)。バサーニオは富豪の娘の女相続人ポーシャと結婚するために先立つものが欲しい。そこで、友人のアントーニオから金を借りようとするが、アントーニオの財産は航海中の商船にあり、金を貸すことができない。アントーニオは悪名高いユダヤ人の金貸しシャイロックに金を借りに行く。アントーニオは、金を借りるために、指定された日付までにシャイロックに借りた金を返すことが出来なければ、シャイロックに彼の肉1ポンドを与えなければいけないという条件に合意する。アントーニオは簡単に金を返す事が出来るつもりだったが、彼の商船は難破し金を返す事が出来なくなる。シャイロックは、日頃から快く思っていなかったアントーニオに復讐できる機会を得た事を喜ぶ。
その間に、バサーニオは、ポーシャと結婚するためにベルモントに向かう。ポーシャの父親は金、銀、鉛の3個の小箱から正しい箱を選んだ者と結婚するよう遺言を残していた。バサーニオはポーシャの巧妙なヒントによって正しい箱を選択する。バサーニオはポーシャから貰った結婚指輪を絶対はずさないと誓う。しかし、幸せなバサーニオの元にアントーニオがシャイロックに借金返済が出来なくなったという報せが届く。バサーニオはポーシャから金を受け取りベニスへと戻る。一方、ポーシャも侍女のネリッサを連れて密かにベルモンテを離れる。
シャイロックはバサーニオから厳として金を受け取らず、契約通りアントーニオの肉を要求する。若い法学者に扮したポーシャがこの件を担当する事になる。ポーシャはシャイロックに慈悲の心を見せるように促す。しかし、シャイロックは譲らないため、ポーシャは肉を切り取っても良いという判決を下す。シャイロックは喜んで肉を切り取ろうとするがポーシャは続ける。「肉は切り取っても良いが、契約書にない血や髪の毛など他の物は何一つ切り取ってはいけない」。仕方なく肉を切り取る事を諦めたシャイロックは、それならばと金を要求するが一度金を受け取る事を拒否していた事から認められず、しかも、アントーニオの命を奪おうとした罪により財産の半分は自分の娘ジェシカに与えることとなり、また、キリスト教に改宗させられる事になる。
バサーニオはポーシャの変装に気付かずにお礼をしたいと申し出る。バサーニオを困らせようと結婚指輪を要求するポーシャにバサーニオは初めは拒んだが結局指輪を渡してしまう。
ベルモンテに戻ったバサーニオは指輪を失った事をポーシャに責められる。謝罪し許しを請うバサーニオにポーシャはあの指輪を見せる。驚くバサーニオにポーシャは全てを告白する。


◆今日の誕生日の有名人◆

美輪 明宏【歌手】1935年5月16日
美川 憲一【歌手】1946年5月16日

◆今日の一品◆

シンプルイズベスト!むかっ(怒り)




定価:12000円 → 1980円!!
シンプルなデザインで色々なお洋服と合わせていただけます。
男性も女性もお使いいただけます。



posted by あらもーど at 06:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。